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January 24, 2006

想定外の不運

 先日、ネットのニュースを見ていたら、佐賀県の小学校教諭が附属小学校を受験する子供2名の願書を出し忘れ、受験できなくなったと言うニュースを見つけた。詳細は以下の通り。

 教諭のミスで受験できず 願書提出忘れ佐賀の2児童

 佐賀県千代田町の町立千代田西部小で、6年担任の男性教諭(39)が、児童2人の佐賀大付属中(佐賀市)入試の願書を提出し忘れたため、児童が今月17日の入試を受験できなかったことが22日、分かった。
 同小によると、佐賀大付属中の願書は小学校の担任を通じて提出することになっている。締め切りは昨年12月22日だったが、教諭は年明けと勘違いし、提出しようとした今月4日に間違いに気付いた。
 同小は付属中に事情を説明したが、同中は「募集要項にのっとって公正公平に実施する」として受験を認めなかったという。
 小学校側は児童と保護者に謝罪。佐賀県教育委員会は教諭と校長らの処分を検討する。
 
 このニュースを読んで、感じた事を少し書いてみたいと思う。
 
  先ず、出願のシステムそのものについてだが、「学校経由での出願と言うのは何か特別な理由が有るのだろうか?」と言う事。
 
 上の息子の中学受験からも遠ざかって久しいので記憶が曖昧だが、願書って、普通受験者本人又は親が貰いに行って、出すのも同様だったと思うが、どうしてわざわざ学校経由にしているのだろう。
 
 他の国立大附属小学校もそうなのかな~?もしそうだとしたら、この事件のように第三者のミスによって受験が出来なくなるような悲劇が繰り返される可能性がこれからも有ると言う事だ。
 
 次に、この手の事件、全く同じではないにしろ似たような事件が、大な小なり色々な所で日常的に起きているという事。
 
 私も実は予備校を受験した際に、番号をガチャンと押したら次の人は次の番号になるゴム印付きの受付の機械の故障で、酷い目に遭った事が有ある。
 
 もう、30年近く前の話だが、大学入試を失敗して、失意の中、予備校を受験する為に受験会場で椅子に座っていたら、「あの~、そこ、僕の席なんですけど・・。」と話しかけてきた青年がいた。
 
 私は、彼に自分の受験票を見せて、正しい番号である事を主張したのだが、何と彼も私と同じ受験番号だったのだ。
 
 受け付け番号を押すゴム印付きの機械の故障だろうと言う事で、急遽もう一つ席が用意されて、受験そのものは無事に終わったのだが・・・。
 
 合格発表の当日、私は予備校の掲示板に私の受験番号が有るかどうか探しに行った。そして自分の番号の前後をよく確認したのだが・・・残念ながら番号は無かった。
 
 この予備校、当時は、国立大の二期校よりも難しいと言われていた学校だったので、「まあ、落ちる事もありうる。」と思い、それでも、「予備校にまで落ちたか~。」と、非常に情けない思いになった事を覚えている。
結局、その学校よりも易しい別の予備校に入って、楽しい(?)浪人生活を送る事になるのだが・・・。
 その後暫くして、私が落ちた予備校に通っていた医学部志望の高校時代の友人から、「どうして○○○に来なかったの~?」と言われたのだ。
 
 友人の話では、私の受験番号、合格発表の掲示板の一番最後に記載されていたらしい。 多分、私と同じ受験番号の人がもう一人いたので、私の番号だけ一番最後に記載すると言う処置になったのだと思う。
 
 友達からどうして来なかったのかと言われた時には、既にもう一つの予備校の入学金を払い込んだ後だったので、私は今更その予備校に移籍を願い出る訳にはいかなかった。
 
 全く人生にはこの手のトラブルは付き物だ。
 
 知人の友人の話だが、「早稲田に受かったのに、どうせ受からないと思い合格発表を見に行かなくって、入学手続きが終了して大分経ってから、偶然出会った友人に『早稲田に合格しておめでとう!』と言われ受かっていて事に初めて気が付いた。」なんて話を聞いた事がある。
 
 このケースは、明らかに見に行かなかった本人が悪いのだが、この人、「受かったのを知らなかった方が良かった。」と一生思い続けるかもしれない。
 
 また、これも知人の知り合いの話だが、「大手航空会社の乗務員の採用試験に受かっていたのに、受かったのを知らせる電話に出たのがまだらボケのおばあちゃんで、電話を取り次いでおらず、期限切れで不採用にならなった。」と言うもの。
 
 この例など、ねじ込んだらまだ何とかなったかもしれないとも思うんだけど・・・。「大切な電話がある日にまだらボケのおばあちゃんに留守番させといた方が悪い。」とも言えるし、難しいところだ。
 
 こう言った、「自分のせいじゃないのにその後の一生に大きな影響を与えるほどの大失敗」、起きた後はいつまでも原因を作った相手を恨んだりする。
 
 でも、こう言った考え、最近は私の考え方、一寸違ってきた。
 
 ・・・と言うのも、私は、友人が運転する車の助手席に乗っていて、ひどい交通事故に遭い、10年以上経った今もひどい後遺症に悩まされているし、次男のお産をした病院でも医療過誤に遭っていて、こちらの方も、私だけでも数回の手術とひどい精神的・身体的苦痛を蒙り、後遺症も残った。高額な医療費がかかったが、勿論病院からは一切の侘びは無いし、手術代も払ってもらっていない。
 
 医療過誤に関しては、裁判を起こせない事情が色々有ったにしろ、裁判を起こさなかった私が悪いのは間違いない。あの時、夫の反対を押し切り、離婚して裁判を起こすべきだったと思うが、交通事故の後遺症を理由に、離婚後の自分と子供の食い扶持を稼ぐ自信が持てなかった私が悪い。
 
 支離滅裂になってしまったが、言いたい事を整理すると、「たとえ他人のミスや過ちによって、自分のその後の一生に影響を与えるような出来事が起きても、それが時間やお金で解決できる問題なら、大した問題ではないと捉えたほうがいいかもしれない。」と最近は思うようになったと言う事だ。
 
 附属小学校が受験できなくなったお子さん達は、誠に気の毒としか言いようが無いが、上に挙げたほかの事例では、例えば私の場合は他の予備校で頑張ればよかっただけの話だし(実際には頑張れなかったが)、早稲田大学や航空会社の乗務員試験に受かっていたのに受かっていないと思い込んだ人達は、悔しかったら、何度でも再挑戦すれば良かったのだ。
 
 時間やお金で埋め合わせ出来る事は、お金を稼いで再挑戦すればいい。
 
 だが、体や脳に後遺症が残った場合、埋め合わせのしようは無い。
 
 その時は別の人生観・別の価値観で生きる道を模索するだけだ。

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