文化・芸術

October 21, 2008

大琳派展

 国立博物館の平成館で開催中の「大琳派展」を見てきた。

Photo_3   残念ながら、俵屋宗達の「風神雷神図屏風(10月28日よりの展示)」や、尾形光琳の「孔雀立葵図屏風(11月5日よりの展示)」は見る事が出来なかったが、

Photo_4  宗達の屏風を写した尾形光琳の「風神雷神図屏風」と

Photo_5  光琳の屏風を模写したと言われる酒井抱一「風神雷神図屏風」を見る事が出来た。

Photo_34 そして、さらにその隣に鈴木基一の「風神雷神図襖」も見る事が出来た。

 画像ではスケール感が分かりにくいが、鈴木基一の襖絵は八面で、屏風よりも横長でかなり大きい。金箔地ではないのできらびやかさは無いが、なかなか素晴らしい迫力だった。

 今回の目玉作品の一つである、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」や尾形光琳の代表作の一つ「孔雀立葵図屏風」が今日は展示されていなかったように、多くの作品が途中で展示替えされるようである。今回見る事が出来なかった多くの作品は11月5日以降に展示されている物が多いようだから、もう一度見に行く必要が有りそうだ。

Photo_10Photo_11   今日、「大琳派展」を見に行って感じた事は、「俵屋宗達は天才だ!」と言う事。京都の養源院の杉戸絵の前に立った時には、思わず「これは・・・何故?」と、絶句してしまった。実に奔放過ぎる形である。天才北斎が富士を自在にデフォルメしたように、宗達も(多分見た事が無かったのであろうが)象を、麒麟を、唐獅子を実に大胆で伸びやかな筆遣いで描いている。「恐るべき宗達!」である。

Photo_35  数ある美しい作品の中でも、最も美しいと思ったのが、酒井抱一の「夏秋草図屏風」 銀地に描かれているが、銀の色が酸化する前は一体どういうあでやかさだったのだろう。静謐でありながら、裏に描かれた光琳の雷神が降らせる雨に打たれる夏の花、風神の風に吹かれてざわめく秋の花の息遣いが聞こえてきそうな作品である。                                             Photo_12Photo_17  展示作品の中で「ぶったまげた」のが、尾形光琳の「三十六歌仙図屏風」 ついつい、同じく?集団肖像画であるレンブラントの「夜景」と比較して、唸ってしまったのであった。

 

 

 

 

October 03, 2008

忠敬ちゃんとお出掛け

 今日は万歩計を持って、先日御徒町で見付けた古物店に立ち寄った。

 このお店、古物商と骨董店の丁度中間のようなお店なのだが、先日寄った時「浮世絵は置いていますか?」と尋ねて、店主の人が見せてくれた数枚の浮世絵のうち、気になるものがいくつか有ったのだ。

1162058014  数枚の錦絵のうち、明治期の物は赤絵が殆どで興味をそそられなかったのだが、広重の「江戸名所図会 染井」と「東都名所図会 五百羅漢さざえ堂」、それに江戸期のものらしい美人画など、なかなか良い物が有った。
 
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Img_1044  作品の作者と実際の図柄を確かめる為に一旦帰宅してネットで検索してみたのだが、「江戸名所図会 染井」は2代広重の、「東都名所図会 五百羅漢さざえ堂」は初代広重の、そして美人画は渓斎英泉の作らしい事が分かった。

Img_1048  2~3日良く考えて、「五百羅漢さざえ堂」と美人画「三世相逢生竸(さんせそうあいせうくらべ)」を我が家の下宿人として招待する事にしたのだ。

 因みに前の下宿先は東大の元教授宅だったらしい。狭くて汚い我が家だけど、勘弁してくれ。:

Nec_0124  店を出た後、先日歩きそこなった、御徒町→秋葉原→神田ルートを散歩した。
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Nec_0123  途中見付けた神社でお参りして、浮世絵との縁のお礼を言った。
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Nec_0126  この辺りは近代的な都市に埋もれるようにして江戸情緒の残る界隈が点在している。
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Nec_0125  今日訪れた神社も、力石が置いてあり塚のようになっていた。力石の文字の赤と曼珠沙華の赤が響き合い、不思議なハーモニーを奏でていた。

 

 

 

February 29, 2008

富嶽百景&名所江戸百景

 一昨日、日本橋の三越本店で開催されていた「北斎富士を描く」展を見に行った。

 有名な「富岳三十六景」と、富士を描いた絵本とも言うべき、「富嶽百景」が一枚ずつ額装されて展示されていたのだが、その中で、広重の浮世絵にインスピレーションを与えたのではないかと思われる絵が数枚有ったので、今日はそれを紹介してみる。

Hugakuhyakkei3_4

Meisyoedo1_5 上は、富嶽百景の中の一枚、「紺屋町の不二」(左)と広重の名所江戸百系の「神田紺屋町」(右)。

Hugakuhyakkei4_4Meisyoedo2_5

Hujisanjyurokkei  次に紹介するのは、北斎の富嶽百景の中から、「七夕の不二」(上左)と、広重の名所江戸百景の諸国繁盛七夕祭」(上右)、不二三十六景から「大江戸市中七夕祭」(左)

Hugakuhyakkei6_2
Meisyoedo3_5  富嶽百系の中の「羅漢寺の不二」(左)と、名所江戸百系の「箕輪金杉三河しま 」(右)
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 やっぱり北斎は凄いなぁ。

December 17, 2007

なめ猫VS.歌川国芳

Nameneko_2  1980年にデビューし、約2年間大ブームを巻き起こしたなめ猫が再びブームになっているらしい。
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Nameneko_3  元祖なめ猫ブームを引き起こしたのはプロデューサー津田覚氏との事である。当時付き合いのあった彼女が忘れていった人形の服に、氏が育てていた4匹の捨て猫たちがじゃれて遊んでいるのを見て、面白半分で洋服を着せてみたのが発端らしい。

Nekonosuzumi2  津田氏も猫4匹を引き取って育てるぐらいの猫好きのようだが、江戸時代にも無類の猫好き浮世絵師が居たようだ。
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Nekonokeiko  その浮世絵師の名前は歌川国芳。江戸時代末期に活躍した浮世絵師である。国芳は無類の猫好きとしても知られ、常に数匹の猫を飼い懐に猫を抱いて作画していたと伝えられている。

Yosee  国芳の絵で、良く浮世絵の本に紹介されるのが、寄せ絵『みかけハこハゐがとんだいゝ人だ』である。この絵を見れば、国芳がウイットに富んだ人であったことが想像できる。
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Nekomoji  国芳はユーモラスな寄せ絵の他にも、団扇絵など猫を擬人化した絵を幾つか描いているし、文字まで猫模様の物を作っている。どうやら元祖なめ猫の前に江戸バージョンのなめ猫ブームが有ったようだ。

 津川氏も国芳も無類の猫好きだったからこそこういう発想を持ったのだろう。

 

 

June 11, 2007

モネ展

Nec_0004_3  昨日、ぼんやり「新日曜美術館」を見ていたら、「モネ 光を追いつづけた男」と言うタイトルでモネ大回顧展の紹介をしていた。

 モネ大回顧展は国立新美術館の開館記念イベントだし、モネは日本人に大変人気が有る画家なので、さぞかし人が多い事だろうと、行くのはよそうと思っていたのだが、テレビで見るとなかなか良い絵が沢山有るようだった。

Nec_0001_4  混んでいるのを覚悟で、やっぱり行ってみる事にしたのだが・・・。

 予想通り、大変人が多かった。入場は人数制限をしているのか、20分待ち。それでも展示室の方はまだ何とか絵を見る事が出来たのだが、売店は激混みで身動きさえ取れない状態だった。

Nec_0014_1   いつもは展覧会の記念にクリアファイルなんぞ買って帰るのだが、今日はあまりの混みようにあっさり退散。

 人が少なくゆったり見れるのだったら、なかなかの作品揃いで、1500円の入場料は決して惜しくないと思える展覧会だったが、何しろ人が多すぎて、ただただ疲れ果てて帰ってきた感じだった。

Nec_0015_3 行きは乃木坂駅方面から行ったのだが、帰りは六本木方面に抜けて、ミッドタウンの横を通って帰った。

 フ~~ッツ疲れた~!

 

June 04, 2007

上野のお山開発??

 最近、上野の美術館や神社仏閣に足繁く通っている。

 美術館、博物館関連では、東京都美術館・西洋美術館・国立博物館などは昨年末から今年にかけて、既に複数回展覧会を見に行っている。

 とは言っても、どうも、メジャーな展覧会に目が行きがちで、科学博物館や芸大の美術館には行った事が無かった。

 東京藝術大学美術館に関しては、先日台東区の循環バス「めぐりん」で、芸大前と言うバス停が有るのを確認したし、都美術館のさらに奥にある事も地図で確認したから、上野のお山にある美術館総巡りの今度のターゲットは、東京藝術大学美術館かな?

Konpira 実は、芸大の美術館に行きたいと思ったのは、塗りつぶし的美術館巡りをしようと思ったからではない。先日、ダ・ヴィンチ展を見に行った国立博物館で貰って来た「チラシ」が発端である。

 私が心惹かれたチラシと言うのは「金比羅宮書院の美」と言う展覧会のチラシである。会期は2007年の7月7日から9月9日まで(ぞろ目で実に覚えやすい:笑)。

 チラシを読んだところ、この展覧会、何と金比羅宮の表書院と奥書院を飾る襖絵130面を移動し、両書院の10室を再現するのだそうだ。

 襖絵に関しては、以前偕楽園の好文亭の襖絵を紹介した事が有ったが、あちらは複製である。

 今回、芸大の美術館で公開される襖絵は、円山応挙や、若冲(じゃくちゅう)、岸岱(がんたい)が描いた本物で、重文クラスの襖絵である。

 理想は金比羅宮で見る事だが、せっかく上野のお山まで出張して来てくれる事だし、これは見に行くしかないよね~!

Meisyoedo それに、「金比羅宮書院の美」が開催される期間中は、芸大コレクション展「歌川広重《名所江戸百系》のすべて」が同時開催されているようなのだ。

 これは絶対見逃せないなぁ~。金券屋でチケットをチェックするようにしようっと!

 

June 01, 2007

ダ・ヴィンチ展

Nec_0017  今日も、仕事と英語のレッスンの間に時間が有ったので、パスポートを持っている上野の「東京国立博物館」に行ってきた。

 実は月曜日も暇つぶしを兼ねて行ってみたのだが、美術館は軒並みお休みですごすごと帰って来たのだが、今日は金曜日なので上野公園は結構な賑わいだった。

Nec_0023  国立博物館では今、特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチー天才の実像」展が開かれている。この特別展は、2007年1月までイタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館で開催されていた企画展を日本向けに再構成したもののようだ。

Jyutai  今回の展覧会の目玉はレオナルドの数少ない実在する油絵の中でも、完成した作品で最も保存状態が良い「受胎告知」なのだが、実はこの絵、本家本元のフィレンツェのウフィツィ美術館で見た事が有る。

 ウフィツィでは、ボッティチェリの「春:プリマベーラ」や「ヴィーナスの誕生」、フィリッポ・リッピの「聖母子と天使」、ミケランジェロの「聖家族」など、有名な作品がザクザク有って、ダ・ヴィンチの「受胎告知」だけ特別に凄い絵画という印象は持たなかったのだが、今 回は「受胎告知」だけ国立博物館本館特別5室に展示されていて、レオナルドの他の作品の実物大の複製画や、レオナルドが描いた設計図を元に作られた模型などは隣の平成館の方に展示されていた。

  国立博物館本館特別5室には、ツタンカーメンの「黄金のマスク」や「モナリザ」、またドラクロワの「民衆を導く自由の女神」なども展示された事が有る様だから、ここは国立博物館の中でも特別な貴賓室って感じなのかな?

 入場の検査も厳重で、長い傘の持ち込みは勿論ダメで、その上金属探知機の検査とバッグを開けての荷物検査も有った。

 そう言った厳重な警備の中で、「受胎告知」の前を移動しながら見た訳だが、ウフィツィではもっと気楽に、普通に見たような感じもするな~。(笑)

 まあでも、外国の美術館から借りてきた人類の宝とも言うべき絵を日本で傷つけたりしたら国辱ものだからこういった検査は必要かもね。

 今日はその後、常設展示も見て、広重の「名所江戸百景」の中から日本橋界隈を題材にした物2枚を含む多くの浮世絵や仏像なども見て、改めて国立博物館の凄さを実感した一日だった。

 

 

May 03, 2007

毛沢東とサンマルコ広場

 昨日、ポンピドーセンター所蔵作品展を見に行った話を前の記事に書いたのだが、「サンマルコの毛沢東」を描いたErroの他の作品をネットで調べていたら偶然にも前の記事で紹介した若き日の毛沢東の肖像画?写真?をもとにして描いたと思われる作品を見付けたので、それを紹介してみる。

Maoyang_2Erromao_1  右上がErroのMao and his wife。「フーム」って感じだが、この絵に描かれているのは、毛沢東の2番目の妻「楊開慧」。「楊開慧」は、1930年に、蒋介石率いる中国国民党軍に捕らえられて処刑されている。

Erro2  Erroは、この他にも毛沢東とサンマルコ広場のモチーフで何点か作品を制作しているようだから、Erroさん、余程毛沢東とサンマルコ広場と言う突飛な組み合わせが気に入ったんだろう。

 左の絵はThe workers。

March 24, 2007

片仮名の家紋

 先日、文楽を見に行ったのだが、色々と感じたことや考えさせられた事が沢山有った。

 全部いっぺんに紹介するのは混乱を招くので、おいおい紹介していくことにして、今日は文楽の舞台の端にかかっている幕(小幕)について書いてみる。

Imoseyama_3  写真は「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなてききん)」の舞台の写真であるが、舞台の左右に家紋が2つ入った黒い幕がかかっているのが分かるだろうか。

 文楽の約束事で黒は無を表すようだ。黒衣(くろご)が存在しないものと言うサインとして黒の衣装を身に着けているのと同じ様に、黒い幕(=小幕)は視角から外れた場所、つまり「ここは見えてはいない場所」という約束事を示している幕のようだ。

Komaku_2 見えてはいない場所に、わざわざ目立つ家紋が染め抜かれているというのも面白いが、先日、最前列でこの小幕を間近に見て、「2つの紋の内のひとつの紋の中央に染め抜かれているのは、もしかしたら片仮名かもしれないなぁ?」という疑問を持った。

Hiroshige_1 その時は、そういう疑問を持っただけでそのままになっていたのだが、今日、「浮世絵『名所江戸百景』復刻物語」という本を読んでいたら、三代国豊作の広重の死絵(役者や絵師など有名人の死後に浮世絵にして出される肖像画)に描かれている家紋の説明に、「『ヒ』と『ロ』の二字を組み合わせた紋を付けた夏羽織を着て座布団に座り、右手に数珠を持っています。」とあった。

 そう言えば、羽織の袖に染め抜かれた紋、カタカナの「ヒ」と「ロ」を組み合わせたものと見えなくも無い。

Kandakouyamachi  広重の紋は名所江戸百景中の「神田紺屋町」の画面中央よりやや右に干されている、白地に藍で紋を染めた反物にも描かれている。

 片仮名のロを表す菱形(◇)のなかににヒと書かれているのがわかるだろうか?

Bunraku_mon_2 今日改めて、文楽の舞台にあった小幕に染め抜かれた紋が誰の紋か調べてみたのだが・・・。
 どうやらこの二つの紋、「竹本義太夫」の竹本座と、義太夫の弟子で、共に竹豊時代という浄瑠璃の全盛期を作り上げた「豊竹若大夫」の豊竹座をあらわす紋のようだ。

 とするならば、上の写真の左側が竹本義太夫の紋、右側が豊竹若太夫の紋とするのが妥当だろう。

 そうか、あの紋はやはり片仮名の「ト」「ヨ」だったんだ・・・。と今日はあらためて江戸の人々の粋を感じたのであった。

 ついでだが、周りの模様はどちらも竹と竹の葉を表したものだろう。

 

March 22, 2007

好文亭

  日曜日に青春18きっぷを使って偕楽園に行き、帰りに鹿島鉄道に乗ってきた。

 今日は、その中から、偕楽園に有る好文亭の襖絵の紹介をしてみたいと思う。

 「好文亭」の名は、梅の異名「好文木」に由来する。 好文亭は1945年の水戸空襲で焼失し、1958年復元されたが、1969年に落雷で再度焼失し、1972年に復元された。

 従って、現在見られる好文亭やその襖絵は1972年に復元されたものと言う事になる。

2007318_028  菊の間

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2007318_031: 桃の間

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2007318_032 つつじの間

2007318_053桜の間
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2007318_050 萩の間
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2007318_034 紅葉の間

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2007318_036松の間



2007318_0482007318_039_1
竹の間


2007318_042
梅の間

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2007318_043 清(せい)の間

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