熱海旅行2日目、この日も天気に恵まれて、なかなかの観光日和だった。
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初島に行く事なども考えたが、 「湯~遊~バス」と言う観光バスが東海バスから出ていて、一日乗車券800円(子供400円)で何度でも乗り降り出来ると言うので、今日はそのバスに乗って観光することにした。
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保養所の近くの湯~遊~バスのバス停、「起雲閣」まで行って、先ずは「起雲閣」観光。
起雲閣はもともと内田汽船の創設者で海運王と呼ばれた内田信也氏の別荘として、1919年に建てられた。
その後、1925年に、東武鉄道の社長で鉄道王と呼ばれた 根津嘉一郎氏に所有が移り、1945年に、金沢の湯涌温泉でホテルを経営していた衆議院議員桜井兵五郎氏が取得し、旅館(起雲閣)として開業した。
部屋毎にカラフルな色あいのモダンな壁が印象的な建物だが、旅館として改装された時に塗り替えられたようだから金沢風の色合いが濃い建物と言えるのだろう。
「起雲閣」の名前は旅館時代に付けられた物で、多くの著名な文豪や名士が宿泊した事で有名な旅館であったようだ。
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旅館が廃業となり、1999(平成11)年競売物件となり、建物を取り壊してマンションを建てる計画なども有ったようだが、市民運動等により保存の機運が高まり、2000年に熱海市が買い取り一般公開を始めたようだ。
大正・昭和の懐かしい空気を感じられる建物で、数多くの文豪がこの建物で執筆活動をしたようすが目に浮かぶようだった。
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起雲閣を後にして、次は1日目夜にタクシーの運転手さんに案内してもらった「来宮神社」に。この日は日曜日とあって、折りしも結婚式が行われるところだった。
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その後再びバスに乗って「池田万寿夫邸」に。氏の画集は一冊持っている。「エーゲ海に捧ぐ」などの映画のイメージが濃いので、「愛とエロスの芸術家」という印象を持っている人が多いのではと思うが、個人的にはなかなか良い作品を残していると思う。氏の「創作の家」は、まだ、池田万寿夫と佐藤陽子両氏が住んでいるかのような不思議な雰囲気だった。
オークトリア製と言うトイレが印象的だった。これは長くヨーロッパに住んでいた、佐藤陽子さんの趣味なのかな?
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「池田万寿夫 創作の家」で、タイルなどをお土産に買い、次はMOA美術館に。
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MOA美術館は以前一度行った事が有ったが、その時は車で行ったのでエスカレーターには乗らなかったのかな?今回は下のバス停から長いエスカレータに乗って正面玄関に。
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最近出来た美術館は、(例えば国立新美術館など も)地下鉄の駅から美術館に続く道が、既に「美術館へと続くプロムナード」と言った演出がされている事が多いが、MOA美術館の本館へと続くこのエスカレータも、次々と天井の色が変わり、幻想的な演出となっている。
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エスカレーター入り口にボランティアガイドの人がいたので、ガイドを頼み、ヘンリー・ムーアの彫刻や、ジベルニーのモネの家の睡蓮の池に有る物を株分けして持ってきたという睡蓮がある池を見てから館内を見学した。
館内では「華麗なるアール・ヌーヴォー アール・デコの世界」展をやっていた。
所蔵品の中にはモネの「睡蓮」や「ポプラ並木」が有り、並べて置かれていた。

絵画類の所蔵品は写真撮影禁止だったが、能舞台や秀吉の茶室(復元)は写真を撮っても良いということで、何枚か写真を撮った。
MOA美術館で印象的だったのは、重文クラスの仏像類の保存状態の良さだ。古いものにも拘らず、表面に張られた金箔が剥げずに残っている物が多かった。館の創立者である岡田茂吉氏は仏像のコレクションに特に熱心だったのではないだろうか。
MOA美術館を見てから、源頼朝に縁が深いと伝えられる「伊豆山神社」に参拝してから、神社から走り湯まで続く役800段の石段を一気に降りて「走り湯」へ。
走り湯は日本三代古泉の一つで、走るがごとくお湯が湧き出し海へ注いでいたため、走り湯と呼ばれるようになったと伝えられている。「伊豆の国山の南に出づる湯の早きは神のしるしなりけり」と源実朝が詠んだように明治以前は伊豆山神社の神湯として信仰されていたようだ。
お湯が噴出す洞窟に入ってみたが、ムッと熱気を感じで水蒸気が凄い。呼吸器系が弱い人はこの温泉で鼻呼吸をすると治療効果が有るらしい。
バスの発車時間まで時間が有ったので、バスのボランティアガイドさんが走り湯の洞窟内を案内をしてくれた。お湯をなめてみるように言われなめてみたのだが、70度と言うから結構熱い温泉は塩辛い味がした。
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走り湯の上には、小さい神社が祭られていた。伊豆山神社も、もともとは走湯社とも呼ばれていたようだが、昔は山にも海にも温泉にさえ神が宿っていたのだ。
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