東京十社巡り

April 24, 2007

亀戸天神の藤祭り

Nec_0091_1   今日は仕事が無い日だったので、ほっぺたの肝班(?)を取ってもらおうと思い、朝から亀戸の皮膚科クリニックにシミ取りの相談をしに行った。

 実は頬のシミ、10年ぐらい前にもレーザー治療をしてもらった事が有ったのだが、また同じところのシミが目立つようになってきていたのだ。

 亀戸駅からすぐのビルの2階まで階段を上って、目指す皮膚科の待合室に入ると、朝から結構な混雑。受付に「しみ取りのご相談は院長先生の診察日に・・・」というような張り紙がしてあるので、聞いてみると、院長先生が診察している日でないとしみ取りの人の診察は出来ないとの事。残念ながら今日は院長先生の診察日ではなかったようだ。
 仕方が無いので、出直して、仕事の帰りにでもまた寄ってみる事にした。

 せっかく電車賃を払って来たので、このまま帰るのは何とも勿体無い。・・・で、折角だから近くに有る亀戸天神に寄ってみる事にした。

Img_3312  商店街は「藤祭り」の真っ盛り。途中商店街で「」のロゴが入ったTシャツを購入した。・・・ところで今気付いたけど、"We're A KAMEIDO Fan!"って、文法おかしくないかい?

 そのお店で聞いたところ、今年は暖かい日が続いて亀戸天神の藤の花が早くなりそうなのだが、ゴールデンウイークに合わせて花を付ける様に根元に氷を撒くなどしたようだ。

 お店の人によると夜はライトアップされて綺麗だし、見物人も少ないのでお勧めだとの事。

 なるほど、「夜桜」ならぬ「夜藤」もいいかもしれないと思いつつ、天神様へと急いだ。

Nec_0036  暫く行くと大通りの角に昔から変わらぬたたずまいといった感じの豆屋さんが有った。

 この豆屋、床に落ちた豆を食べる為だろうか、帰りには店内にまで鳩が数羽入り込んでいた。「鳩に豆鉄砲」と言うから豆は鳩の好物なのだろう。

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Nec_0039  平日のそれも午前中とあって、亀戸天神はそこそこの人出。これ位だったら許せるかな?(笑)

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Kameidotenjin

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Nec_0069_1 広重の「亀戸天神境内」と、同じアングルで写真が撮れるところが無いかどうか探したが・・・、う~~~んなかなかこれが難しい。

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Nec_0059  広重の絵は神社の藤祭りのポスターにも使われていた。

 天神様といえば「梅」という感じだが、亀戸天神は藤の花のほうが有名だ。

Nec_0062  神社のお守りも、「ふじみ守り」って、スタントマンの人なんかが欲しがりそうなお守りや、

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Nec_0063 : 藤の造花付きの豪華なお守りが有った。

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Nec_0080_2  神社の境内には色々な屋台が出ていて、漫才師みたいな楽しい焼き鳥屋さんで「はいよ!良子ちゃん」とか「出来たよ、ひとみちゃん」とか呼ばれつつ(因みに私は良子でもひとみでもないのだが・・。:笑)昼ごはん代わりに缶ビール一本と焼き鳥3本(もも塩焼き・つくね・レバー)ときゅうりの即席漬け一本を頂きほろ酔いに。

Nec_0081_2  焼き鳥屋のお客さんと通りがかりのお兄さん、二人ともキャプテン・サンタのトレーナーを着ていたのだが、漫才師みたいな話し上手な焼き鳥屋のおじさんに乗せられて、しばしトレーナーの話を。記念に写真を撮らせてもらった。(笑)

 焼き鳥屋で夫が好きそうな地鶏と砂肝と葱間を包んでもらって(&おじさんに皮をおまけしてもらって)他の出店で、川えびのゆでたのやら、山くらげやら、干しイチジクやら、カワハギと蛸の干物を伸したのやら、色々買って神社を後にした。

Nec_0065  そうそう、境内の日本料理屋の「卵焼き」を買って帰るのを忘れたなぁ。おいしそうなにおいがしてたっけ。

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Nec_0087_1   神社を出ると、周りの商店街に「天神まんじゅう」とか「天神煎餅」とか書いてあるお店がある。饅頭や煎餅だけだと思ったら、「天神春巻き?」「天神クリニック??」おっと、こっちは天神通りクリニックでした。(笑)

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 創業80周年記念で昔のポスターの展示などをしているイナギ屋をチラッと見てから駅に。:

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Nec_0093  駅前のバス停の看板を見ると、上野だの入谷鬼子母神だの、浅草だの、江戸時代から開けていそうな場所の名前が沢山書いてあって、何だか感心してしまった。

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 そうそう、駅の近くにも、そして亀戸天神の鳥居のすぐ側にも鼈甲細工のお店が有った。鼈甲細工に使う亀「タイマイ」はいくら亀戸だっていないと思うけど・・・。

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Nec_0040_1 亀戸の町名の由来については下のように書いてある。

亀戸天神商店街は、天神様の門前町として栄えた商店街です。
「亀戸」の名の由来は、昔、この地が「亀ノ島」と呼ばれる海上の島だったことから来ています。早くから住民がいたようで、石器時代、古墳時代の遺跡があるといわれています。やがてこの島に「亀村」という村ができ、村にあった「亀ヶ井」という湧水が有名になりました。その後、この「亀村」と「亀ヶ井」が混ざって、「亀井戸村」になったようです。江戸時代、「井」がなくなって「亀戸村」になりました。

 鼈甲細工の店が沢山集まっていたから「亀戸」になったのでは無さそうなのだが、「亀戸」のお土産に同じ亀の「鼈甲」を買う人が多いのかなぁ。

 今日の写真は携帯のカメラで撮影した物だが、ブログにアップする位なら何とか使えそうだ。

  

October 30, 2006

祝!東京十社巡り完了!

 先日行った王子神社が東京十社巡りの最後の神社だったので、東京十社について纏めてみようと思う。

東京十社

 東京十社(とうきょうじっしゃ)とは、明治初年に准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)と定められた東京近郊の10の神社のことである。

 明治元年(1868年)10月17日、明治天皇は氷川神社を勅祭社に定め、それに続いて11月8日、東京近郊の主だった神社を准勅祭社と定め、東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社とした。

 当初は12社であったが、府中市の六所宮(大國魂神社)と埼玉県鷲宮町の鷲宮神社が外されて10社となった。准勅祭社の制度は一時的なものであり、さらに第二次大戦後は政府による社格そのものが廃止されたが、昭和50年、昭和天皇即位50年を奉祝して、関係神社の協議により東京十社を巡る「十社巡り」が企画され現在に至る。

                  Wikipediaより

 先月、地下鉄の新聞で見付けた、芝大神宮のだらだら祭りに行ってみたのを皮切りに、芝大神宮が東京十社の一つと言う事で、残りの九社も廻ってみた東京十社だが、十社それぞれに特徴が有り、色々発見する事も多かった。

 人口過密で騒音、排気ガス、・・・、と、気が休まる場所が無いように思われる東京。神社は言ってみればそんな東京の中のオアシスかもしれない。

 広大な土地に巨木が生えていて、しかもお祭り等のイベント時以外は人があまりいない、そういった空間は東京にはそうそう無い。静かな広い場所で森林浴が出来、疲れた心をリフレッシュ出来る貴重な空間、それが神社だ。

 東京十社に含まれる神社の感想については、左の「東京十社巡り」のカテゴリーのところにそれぞれの神社の記事が入っている。

Img_0008  十社巡りの絵馬も、やっとミニ絵馬が10個揃った訳だが(笑)、9月15日に芝大神宮に行ったのが初めで、王子神社が10月19日だから、一ヶ月以上かかった勘定だ。

 下に、それぞれの神社の最寄り駅と、神社の写真を紹介してみる。

Sibadaijinguu 芝大神宮(芝神明さま)
地下鉄都営浅草線 大門駅徒歩2分

Dscn1263 根津神社(根津権現)
地下鉄千代田線 根津駅徒歩5分

Dscn1298 白山神社
地下鉄都営三田線 白山駅徒歩1分

Dscn1427_1神田神社(神田明神)
JR総武線・中央線 御茶ノ水駅徒歩5分

Dscn1524 富岡八幡宮(深川八幡)
地下鉄東西線 門前仲町駅徒歩3分

Dscn1621氷川神社
地下鉄千代田線 赤坂駅徒歩5分

Dscn1740 日枝神社(山王さま)
地下鉄銀座線 溜池山王駅徒歩5分

Dscn2038 品川神社
京浜急行本線 新馬場駅徒歩1分

Dscn2176 亀戸天神社(東宰府 亀戸天満宮)
JR総武線 亀戸駅徒歩10分

Dscn2284 王子神社(王子権現)
JR京浜東北線・地下鉄南北線 王子駅徒歩3分
 

江戸・東京探訪:王子神社

Dscn2255_1  先日、日本橋のべったら市の後で、王子神社にも行って来たので、今日は王子神社について書いてみようと思う。

王子神社は東京十社の中の一社。先月から既に九社廻っているから、最後の一社と言う事になる。

Dscn2248_1 JR京浜東北線北口を出るとすぐに、音無親水公園が見えてくる。

 音無親水公園は、小平市の東部を源にして隅田川に注ぐ石神井川(北区付近では音無川と呼ばれていた)の旧流路に整備された公園である。
Dscn2247_1 河川の改修工事により石神井川の流れは変わってしまったが、古くから、春の桜・夏の青楓と滝あび・秋の紅葉など四季の行楽の名所、景勝の地であった音無川流域を、公園として整備し親水公園としたのが、現在見られる音無親水公園である。

Dscn2315   この公園、親水公園と言うだけあって、綺麗な水が流れている。川の両岸には桜の木が沢山植えられていて、春は花見、夏は水浴びの子供達でにぎあうようだ。本来の音無川は流れが変えられ、別の場所を流れているとするならば、ここの水はどこから来ているのだろうかと思ったのだが、ろ過装置を通した循環水を使って川の流れを作り出しているらしい。

Dscn2313 一見豊かな自然を生かしているように見えるが、正に大都市でなければ存在しない公園なのだろう。

 因みに、音無親水公園は“日本の都市公園100選”に選ばれているようだ。

Dscn2251   音無親水公園沿いに暫く歩くと、王子神社の境内に続く階段があり、階段を登った所に大きな銀杏の木が有る。この大イチョウは大正13年の実測によると幹囲は6.36m、高さは19.69m。都の天然記念物に指定されている。

Dscn2252 王子神社のみならず、東京の神社や寺には銀杏の木が良く植えられている。あちこちの神社で銀杏の巨木を見たのだが、これには訳が有るらしい。

Dscn2258  「火事と喧嘩は江戸の華」といわれるほど、江戸時代には明暦大火をはじめとした多くの大火があり、神社仏閣もどうすれば類焼を防げるか頭を悩ませた事だろう。

Dscn2269  暑さや日照りに強い銀杏の木は、保水力があり、 神社や寺の周辺が火事になった時には、銀杏の木が水を吹いて燃え広がるのを防いだという話があるそうだ。つまり類焼を防ぐ為の防火樹として、江戸市中の神社仏閣には銀杏の木が良く植えられたらしい。

Dscn2277  境内にはこの銀杏の木の他にも大きな木が沢山植えられている。

 この神社の御祭神は

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
国土の基礎を築き、多くの神々を生んだ、イザナミの夫。

Dscn2285 伊邪那美命(いざなみのみこと)
国土の基礎を築き、イザナギと共に多くの神々を生んだ。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)

伊邪那岐(イザナギ)が黄泉国の穢れを禊により祓った際、左の目を洗った時に燦然と輝いた光と共に生まれた。高天原を治め、皇室の皇祖神として仰がれている美しい女神。

Dscn2281 速玉之男命(はやたまのおのみこと)
事解之男命(ことさかのおのみこと)

Dscn2282_1  イザナギトイザナミが現世と黄泉の国との境で永遠の別れをした際にイザナギの吐いた唾から生まれたのが「速玉男命(はやたまのおのみこと)」、掃き払ったところから生まれたのが「事解男命(ことさかのおのみこと)」と言われている。

 何れも神話に登場する神様を祭ってある神社だ。

Dscn2272  境内の右手には髪の祖神「関神社」が祭られており、毛塚が建てられていた。「かもじ・かつら・床山・舞踊・演劇・芸能・美容師」など、髪の毛やかつらに関連する職業の人達の信仰を集めているようだ。

 王子神社は熊野信仰の拠点になった神社のようで、王子の地名も、この地に紀州熊野三所若一王子が勧請された事に由来するようだ。

 8月の例祭には北区無形文化財の王子神社田楽舞が奉納され、12月6日には熊手市も開かれる。

 

 

 

October 18, 2006

江戸・東京探訪:亀戸天神

 東京地方は今日も良い天気だった。昨夜は結構遅くまで家事その他で忙しく、布団に入ったのは夜中の1時を回っていたと思うのだが、それからさらにいつもの習慣で布団の中で本を読み始めた。

 どうも長年の習慣から「布団で本を読んで眠くなるのを待つ」というのがいつものパターンなのだ。

 図書館で借りていて返却期限を過ぎている「海辺のカフカ(村上春樹)」、3/4位読んでいたのだが、読み始めたらついつい最後まで読みたくなってしまった。

 もう何十年も毎日こうして何かしら読んでいるので、その気になれば本を読むのは結構早い。行間の意味を大切にしたい小説などは結構丁寧に読むのだが、昨夜は途中で眠くなってしまい&早く読み終えたくて、最後の方は飛ばし読みをしてしまった。

 本を読み終えてからは暫く脱力状態で、疲れていたせいもあってか足や手や首や口の不随意運動が起こり(笑)、暫くの間擬似霊媒状態。

 実は今日も午後から、放っておくと両足がリズムを取っているように動いたり、首が勝手にイヤイヤをしたり、ウンウンとうなずいたりして(しかも質問するとYES/NOで答える!ので)、一寸不気味なのだが、とりあえず今の所制御可能なので勝手に動きたいようにさせている。

 多分、薬のせいやなんかでドーパミン不足かなにかの状態になっているのかも知れないなぁ。

 昨夜は、結局、3時半を回ってからやっと眠れたような気がするが、6時前には起きなければ仕事に間に合わないから、今日は当然睡眠時間が足りない。朝、洗面所で鏡を見たら見事に目が充血していた(泣)。

 

 仕事の後は、睡眠不足も有るし、少し寒かったのでそのままマンションに帰ろうかとも思ったのだが、ついついまた神社に寄ってしまった。

 今日寄ったのは、先月から始めた「東京十社巡り」の残りの二社のうちの一つ、亀戸天神。大回りしてJR亀戸駅から東武亀戸線に乗って一旦亀戸水神前で降り、亀戸水神や亀戸香取神社などを回ってから亀戸神社にお邪魔した。

Dscn2205  途中で寄った神社やお寺については後日アップする事にして、今日は目的の亀戸天神を紹介しようと思う。

Dscn2197  亀戸天神は、大宰府天満宮の神主で道真公の末裔でもあった菅原信祐が霊夢に感じ、菅公ゆかりの飛梅で神像を刻み諸国を廻り、寛文元年(1661)江戸に達し、本所亀戸村にあった天神の小祠に奉祀したのが始まりとされる。

Dscn2184  徳川幕府の大事業である本所開発にあたり、将軍家綱が現在の地に社地を寄進し、寛文二年(1662)大宰府の社にならい、神殿、楼門、廻廊、心字池、太鼓橋等が造営されようだ。(尚、戦災で消失後、楼門と廻廊は再建されていない)

Dscn2180  天神様と言えば、梅がつきものである。境内には勿論古そうな梅の木も有ったのだが、ここには創建の頃より藤が植えられていたようで、境内の藤棚は見事だ。

Dscn2186  藤棚と池に囲まれた太鼓橋を渡ると、鮮やかな色彩の社殿が現われる。

Dscn2192  社殿の脇には、菅公と言えばこれもお決まりの牛の象(撫牛)が有った。

Dscn2195  境内にはまた、
御岳(みたけ)神社
菅公の教学上の師、延暦寺代十三代主法性坊尊意僧正を祀る。「卯の神」として知られ、火防、雷除、商業繁栄、開運にご利益がある。

Dscn2198 花園社
菅公奥方および御子十四方を祀る。安産・子宝・立身出世の守護神。

Dscn2185 弁天社
大宰府天満宮心字池畔の志賀社を勧進したもの。時代の移り変わりとともに七福神のひとつである弁才天として信仰され、福徳福智を増し、開運出世、芸能成就の神として知られている。

Dscn2193などの小さい社があり、 また、立派な神楽殿も有った。

 歴史が古い神社だけに石碑も多数有り、とても紹介しきれないぐらいだが、
Dscn2203能書家としても知られていた道真公にあやかってだろうか、筆塚(書道上達、学問の向上を願う人々が、使い古した筆を納め、一層の上達を祈願する)が置かれていたのが印象的だった。

 毎年10月の下旬から菊祭りが開かれるようだが、今年は22日からのようで、境内には菊祭り用の小屋がしつらえられていた。

Dscn2202  享和2年(1802)に、松尾芭蕉門下の人たちが芭蕉の百年忌にあわせて奉納した句碑には次のような句が刻まれていた。

  「しばらくは 花の上なる 月夜哉」

 この句、本来どこで詠まれた句かは知らないが、2月の梅祭り、5月の藤祭り、10月下旬からの菊祭りと、四季折々に美しい花が咲き乱れる華やかな境内は、「しばらくは 花の上なる 月夜哉」の句にふさわしいように感じられた。

 機会が有れば5月の藤の季節に訪れてみたい。

 美しいだろうなぁ。

 

 

October 17, 2006

江戸・東京探訪:品川神社

 最近良い天気が続いているお陰か、喉がちょっとだけ痛いのを除けば、骨・関節・筋肉関係はここ数日結構調子が良い。

 体調が良くなったので、先日からプレドニンも少し減量して8.75mg/dayにしている。

 今日は天気も良いし、お出かけ日和だったので、久しぶりに神社に行ってみることにした。

Dscn2021 先月から始めた東京十社巡り だが、既に七社回ったから残るは三社のみとなった。今日は残りの三社の内の一社、品川神社に行ってみた。

Dscn2017_1  例によって、仕事が終わった後に、先ずは千疋屋のCaffe di FESTAにて燃料補給。(笑)

 今日はイチゴシェークにしてみたが、いつもながら美味!

 JRと京急を乗り継いで、新馬場で下車。駅に着く前に京急の社内から富士塚が見えていたから、品川神社はすぐに分った。

Dscn2023  品川神社は、昭和七年に東京市の合併を記念して選定された「新東京八景」の一つに選ばれている。因みに、残りの7つは池上本門寺、西新井大師、日暮里諏訪神社、赤塚松月院、目黒祐天寺、足洗池、亀戸天神のようだ。

 御祭神は
天比理乃 ロ羊命(あめのひりのめのみこと)
天太玉命(あめのふとだまのみこと/天岩戸の神話に登場する神様)の后神(きさきがみ)。祈願成就・航海安全の神。
宇賀之売命(うかのめのみこと)
お稲荷様。農業・商業・産業繁栄の神。
素盞鳴尊(すさのおのみこと)
風水害除け・疫病(病気)除けの神。
  

Dscn2020_1  この神社、東京十社・新東京八景のみならず、東海七福神の中にも入っているようで、大黒天も祀られている。

Dscn2029  東海七福神は、各社寺で小さな福神を求め寶船に乗せられるようになっていて、また七福神巡りの印を押す色紙もあるようだ。

Dscn2041  神社の創建は、文治3年(1187)に源頼朝が海上交通の安全と祈願成就の守護神として、安房国州崎神明の天比理乃メ命を勧請し、品川大明神と称したのが始まりと言われている。

Dscn2039  社殿は戦災では焼けなかったようだが、老朽化したため昭和三十九年(1964)に建てかえられたようだ。社殿の手前には立派な神楽殿も有る。

Dscn2030 例大祭の日には能舞台で神楽も舞われるのだろう。

 境内には石作りの狛犬も沢山有ったが、写真の狛犬は備前焼だそうで、破損防止の為にネットが張られていた。

Dscn2050_1 この神社の授与品で特徴があるのは、天下一嘗(なめ)の面のレプリカ。絵馬などにも天下一嘗の面の絵が描いてある物があった。

Dscn2054 慶長5年(1600)、天下取りを目指した徳川家康が、関ヶ原へ出陣する際、天下一嘗の面をつくり品川神社で戦勝祈願、神前で太々神楽を奏で、戦勝後、家康は神輿と仮面を泰納したと伝えられている。

Dscn2051 本物の天下一嘗のお面の方は、神輿と一緒に宝物殿に保存されていたのだが、この神社のお祭りでは、神輿にこの面を付けて練り歩くようだ。

 例大祭は6月初旬。この日は旧東海道品川宿でおいらん道中も催され、人で埋めつくされ身動きができない程だそうだ。

Dscn2059  本殿の裏手には板垣退助と婦人の墓所があった。

 実は品川宿観光に来ていた退職者のグループに途中から同行させて頂いたので、神社の脇にある富士塚(品川富士)には登れずじまいになってしまった。一寸ばかり心残りだが、次の機会に残しておこう。

 

 

 

 

October 09, 2006

江戸・東京探訪:日枝神社

 この頃また微熱が出てお出かけが出来ないので、この間赤坂周辺を散歩した時に、乃木神社の次にお邪魔した日枝神社について書いてみようと思う。

Dscn1740_1Dscn1726_1 写真は、参道を登ったところに有る社殿と赤坂側の大通りに面した大きな鳥居。鳥居の脇にはエスカレーターまで有り、大変立派な神社だ。

 社殿の写真の横に写っているのだが、鳥居の右横には実は高層のホテルが建っている。立派なエスカレータ付の参道といい、高層ビルが隣に建っているところと言い、いかにも都心の一等地にある神社と言ったところだろうか・・・。

Dscn1758 実はこの神社、国会議事堂のすぐ近くにあり、都心の中でもとんでもない一等地の広大な敷地に建っている神社である。

 山王日枝神社と鳥居に書いてあるが、御祭神は大山咋神(おほやまくひのかみ)。大山咋神の「咋」は「主」という意味で、大山の主であると共に広く地主神として崇められ、山・水を司り、大地を支配し万物の成長発展を守護する神様のようだ。

 そう言えば鳥居も独特の形をしている。この鳥居、「山王鳥居」、または「合掌鳥居」と言うらしい。鳥居の上に山が乗った様な形をしているが、この神社の神様が山の神様だからこんな形をしているのかな?

 この神社、大山咋神(おほやまくひのかみ)の他にも、国常立神(くにのとこたちのかみ)伊弉冉神(いざなみのかみ)足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)もお祀りしているようだが、下にそれぞれの神様の紹介をしてみる。

 国常立神(くにのとこたちのかみ):国土形成の根源神、国土の守護神。

 伊弉冉神(いざなみのかみ):万物を生み出す神、創造神、海の神であると共に黄泉津大神の別名を持つ黄泉国の主宰神。

 足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと):仲哀天皇。日本式尊の第二子で応神天皇らの父。

 ここで面白いと思ったのが、創造神、海の神であると共に黄泉国の主宰神であるイザナミを祀ってある事だ。

 イザナミと言えば以下のような神様である。

 天地開闢において神世七代の最後にイザナギとともに生まれた。国産み神産みにおいてイザナギとの間に日本国土を形づくる多数の子を設ける。その中には淡路島隠岐島からはじめやがて日本列島を生み、更に山・海など森羅万象の神々を生んだ。火の神カグツチを産んだために陰部に火傷を負って病に臥せり、その際にも尿や糞や吐瀉物から神々を生んだ。死んだ後、妻に逢いたくて黄泉国まで行ったイザナギに腐敗した死体を見られたことを恥じ、逃げるイザナギを追いかけるが、黄泉比良坂、現;島根県東出雲町)でイザナギが道を塞ぎ、イザナミと離縁する。

  wikipediaより

 いとしい女性を黄泉の国までも追いかけていく話は、ギリシャ神話にも同じようなものがあるが、「妻の腐敗した死体を見て夫が逃げ帰る」と言う、超現実的な(笑)筋立ての日本の神話に比べて、ギリシャ神話の方は随分ロマンチックだ。

 こと座の琴は、ギリシャ一の音楽の名手、オルフェイスの愛用していたものです。彼の奏でる竪琴の音色に感動しない人はなく、森の木や鳥や獣たちさえも魅了してしまうほどだったそうです。
 オルフェイスは美しいニンフ、エウリディケと結婚して幸せに暮らしていましたが、ある日エウリディケは毒蛇に咬まれて死んでしまいました。悲嘆にくれたオルフェイスは、黄泉の国へ妻を迎えに行く決心をします。
 彼の琴の音色に、あの世とこの世の境を流れる川の渡し守カロンも、三つ首の番犬ケロベロスも聞き入らずにはいられませんでした。そして冥界の王ハデスさえも心を動かされ、彼の願いを聞き入れ、妻を連れ帰ることを許したのです。
 ただし、地上に出るまで、決して妻の方を降り返ってはならないという条件を言いわたしました。オルフェイスは喜んで、妻を従えて地上への道を急ぎました。そして、ついに地上の光がさしこむところまで来たとき、オルフェイスは嬉しさのあまり、思わずふり返ってしまったのでした。その瞬間、エウリディケはあっという間にひき戻され、かき消えてしまったのです。
 オルフェイスは絶望と後悔と悲しみで、とうとう気が狂い、あてどもなく山野をさまよい歩いた果てに、酒神ディオニュソスの祭でトラキアの女達に曲を無理強いされ、聞き入れなかったばかりに生きたまま八つ裂きにされ、ヘプロス
川へ投げ込まれたのです。
 やがてオルフェイスの首と琴は海へ下り、レスポス島へ流れつきました。
それを大神ゼウスが哀れに思い、夜空に掲げ、星座にしたのです。

   こと座 より

 

Dscn1747  この神社で、もう一つ面白いと思ったのは、神門の中と、社殿の両脇の狛犬か座る位置に、代わりに猿が座っている事。この神社の神使は猿なのだそうだ。

Dscn1749  猿は昔から、魔が去る「まさる」と呼ばれ、厄除・魔除の信仰を受け又農業の守護神とする信仰が強く、俗に「さるまさる」といわれ繁殖の獣として人々に愛され、犬と共に分娩が軽い安産の神として信仰されているそうなのだが・・・。猿って本当に分娩が軽いのかな?

■■Dscn1737_1      ■■Dscn1739      

  

     

この神社、授与品の中にも猿に因んだ物が多く、「まさるの守土鈴」他絵馬にも猿の絵が描かれていた。Dscn1746

 変わった土鈴を幾つか飾り棚の中に飾っている実家の母(因みに申年)の為に、私もついつい「まさるの守土鈴」を購入。Dscn1745_1

 江戸時代に造営された社殿は戦禍に遭い焼けてしまったようで、現社殿は昭和33年に建築された物のようだ。

 それにしても、随分立派な神社だったなぁ~。

October 02, 2006

江戸・東京探訪:氷川神社

Dscn1559_1  先週の金曜日、赤坂に有る氷川神社に行って来た。

Dscn1557_1  大江戸線の六本木駅からアメリカ大使館宿舎方面へと向かったのだが、六本木通りと赤坂通り、外苑東通りにはさまれたこの一角は、周囲の喧騒が嘘のように静かな高級住宅地だ。それに結構坂が有る。何故「坂」なのかその由来には諸説有る様だが、成る程、「赤坂」という筈だ。

Dscn1553_2  付近には、教会や外国人向けのマンションや、英語で言うところの本物のmansion (大邸宅、お屋敷といったところだろうか・・。)が有り、如何にも高級住宅地と言った感じだ。

Dscn1627  なるほど、こんなところに公務員宿舎が有り、格安で住んでいる人たちがいたら、高い家賃を払って民間のマンションを借りている人は怒るだろうなぁ。

Dscn1558  ほどなくして、変わったデザインの建物の前に出た。門の前には警備員が沢山いるので、何だろうと思ったら、ここがアメリカ大使館の宿舎のようだ。その前が目当ての氷川神社。

 Dscn1574 氷川神社の創立は951年。社殿は火災や震災、大戦の難を逃れたようで、現社殿は八代将軍 徳川吉宗公が水野忠之に命じ、1729年に造営させたものらしいから、築277年と言ったところか。

Dscn1565

Dscn1563 古い神社らしく、境内には沢山の狛犬やお稲荷さんが鎮座しているし、境内は木が鬱蒼と茂っていて、ここが東京の真ん中とはとても信じられない静かな空間だ。

Dscn1589 Dscn1587

  因みに、参道の両側に2体セットになっている狛犬だが、右側の狛犬は口を開けた「阿(あ)」、左側の狛犬は口を閉じた「吽(うん)」。この「阿吽(あうん)」は、生き物が口を開けて生まれ、口を閉じて死ぬことから、万物の始めと終わりを意味するといわれているらしい。

Dscn1600_1  一方、稲荷神社の社殿の両脇には、狛犬の代わりに狐が座っているのだが、これは稲荷神社の本社、京都の伏見稲荷大社の御祭神が穀物の神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)である為、穀物を食べる野ネズミの天敵、「狐」を穀物の守り神と考えたというのが有名な説らしい。

 この神社の御祭神は『日本書紀』に記されている、天照皇大神の弟で、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した素盞鳴尊(すさのおのみこと)。そして、大蛇退治と引き換えに妻として貰い受けた美しい奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、そして、二人の子である大己貴命 (おおなむぢのみこと)。親子仲良く御祭神として祭られているのは何とも微笑ましい。

 奇稲田姫(くしなだひめ)は、「奇し稲田(くしいなだ)姫」すなわち霊妙な稲田の女神と言われており、稲田の神として各地の氷川神社で祀られている。多くの神社では、夫の素盞鳴尊(すさのおのみこと)や、子の(古事記では子孫)大己貴命(=因幡の白兎の大国主)、などと共に祀られているようだ。

 つまり、ここの御祭神は女神様と言う事かな?

 この神社の授与品の中で特徴的なのはやかん型の鈴。「幸福を沸かす、幸福を注ぐ」という意味らしい。なるほど、縁起物までアットホームな感じだ。家族円満にもご利益が有りそうな鈴だなぁ。

Dscn1608 Dscn1604

Dscn1603  古い神社らしく、境内には他にも沢山のお稲荷さんや、布袋さんのような石像も有って、色々な神様が渾然一体と祀られていた。

Dscn1611  

 その一つ、四合(しあわせ)稲荷神社は、明治31年氷川神社近辺に鎮座していた4社を遷座合祀した際、幕末から赤坂に在住していた勝海舟により、『四合(しあわせ)稲荷』と称えられたものらしい。お稲荷さんの名前もアットホームな感じで、ますます家族円満にご利益が有りそうだ。

Dscn1710  都心で味わう事は難しいと思われる、「幽玄な雰囲気」を有する神社だった。 

 帰りに赤坂駅前に下ったら、丁度赤坂の商店街のお祭りにここの山車が飾られているところだった。

 
Dscn1712 それにしても赤坂には自転車即配便のお兄さんが沢山いたなぁ~。

September 28, 2006

江戸・東京探訪:富岡八幡宮

Dscn1515 深川不動に参詣した後、すぐ近くにある富岡八幡宮にも寄ってみた。

 この神社も東京十社の中の一つで、御祭神は御祭神  応神天皇(誉田別命) 外8柱。

 因みに応神天皇が八幡神であるとされていることから皇室の祖神ともされ、皇室から分かれた源氏も八幡神を氏神とした。

Dscn1525 富岡八幡宮は、東京最大の八幡宮で、寛永4年(1627年)の創建。周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き作られた。

Dscn1522_1  本社一の宮神輿は日本で一番大きい神輿として有名だが、大き過ぎて深川祭での担ぎ手を確保することが難しく、通例の祭りでは、一回り小さい本社二の宮神輿が担がれているようだ。

Dscn1521

 この神社ゆかりの有名人は「伊能忠敬」。忠敬は、当時深川界隈住んでおり、測量の旅に出かける前は安全祈願のために、富岡八幡宮に必ずお参りに来ていたようだ。

Dscn1539  また、江戸勧進相撲の発祥の地としても知られ、境内には相撲関係の石碑が多数有る。

Dscn1532  毎月1,5,28日は縁日で、特にこの日は隣の深川不動の正五九の縁日にあたっていた為に、境内は人でごった返していた。毎月15日と28日は縁日にあわせてフリーマーケットが開かれているようで、フリーマーケットを生業としているような人たちが多数出品していた。

 元来骨董品やフリーマーケット関連は大好きな私、十社巡りを始めた当初の目標の一つ、煩悩退散とは相反して(笑)、この日はついつい深川製磁の七福神のお猪口や三社祭りと天神祭りが描かれている手書きの京焼の杯のセットを購入。 
 因みに、深川製磁はご存知宮内庁御用達の有田焼のメーカーだが、創業者深川忠治の深川で、富岡八幡が有る地名の深川とは関係無さそうだ。

 「色即是空 空即是色」の境地には暫く達せられそうも無いなぁ。(笑)

江戸・東京探訪:神田明神

Dscn1421 話が前後してしまったが、昨日は旧岩崎邸にお邪魔した後に病院を受診し、その後乗り換えの御茶ノ水で神田明神に立ち寄って帰った。

 天気が悪い日で、途中結構な雨が降り出したのだが、神田明神に着く頃には回復傾向に。

Dscn1445  この神社、今十社巡りをしている「東京十社」の中の一つ。元は伊勢神宮の祭祀などの運営経費にあてる田、御神田(おみた、おんた)=神田、が有った場所で、神田明神は神田の鎮めのために創建された神社のようだ。

 天平2年(730)に出雲氏族で大己貴命(おおなむちのみこと)の子孫とされる真神田臣(まかんだおみ)により現在の東京都千代田区大手町将門塚(首塚)周辺に創建されたが、江戸幕府が開かれると幕府の尊崇する神社となり、元和2年(1616)に江戸城の表鬼門守護の場所にあたる現在の地に遷座し、幕府により社殿が造営された。

 祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)であったが、平将門の首塚が近くに有ったため、後に平将門神も合祀されるようになった

Dscn1434 因みに、平将門は日本の三大怨霊と言われ、崇徳上皇、菅原道真に並び称されるており、東京都千代田区大手町一丁目一番一号にある将門の首塚は若者の間では心霊スポットとして有名らしい。

 菅原道真の怨霊伝説については前に書いたが、将門の祟りとはどんなものであったのだろう。

 戦いに敗れた将門公の体は、終焉の地に近い公の菩提寺に埋葬された。現在の茨城県坂東市の延命院である。一方、首は平安京まで送られ東の市・都大路で晒されたが、3日目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、数カ所に落ちたとされる。伝承地は数ヶ所あるようだが、最も著名なのが、東京都千代田区大手町にある首塚である。

 後に、将門塚(首塚)周辺で天変地異が頻発し、それが将門公の御神威として人々を恐れさせたため、1309年、神田明神に奉祀されたようだ。 

 首塚に関する怨霊伝説については、近くは戦後の話まであるのだが、その辺はこちらに詳しく紹介されている。

Dscn1431_1  現在、神田明神の御祭神には大己貴命(おおなむちのみこと=だいこく様、縁結びの神様)

Dscn1435 少彦名命(すくなひこなのみこと=えびす様、商売繁昌の神様)

平将門命(たいらのまさかどのみこと、除災厄除の神様)が祀られている。

 

Dscn1446 大正12年(1923)、関東大震災により江戸時代後期を代表する社殿が焼失してしまうが、昭和9年に、当時としては画期的な鉄骨鉄筋コンクリート、総朱漆塗の社殿が再建された。東京大空襲で境内の多くの建造物が消失する中、耐火構造の社殿のみわずかな損傷で戦災を耐えぬいた。

 この神社、天皇の逆賊である平将門を祀っている為に、時の権力者交代の度に隆盛(江戸時代)と衰退(明治時代)を繰り返しているような印象を受けた。正に、

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現す

奢れる者は久しからず 只春の夜の夢の如し

猛き者も終には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ

である。

Dscn1450  尚、野村胡堂の名作、「銭形平次捕物控」の主人公、銭形平次の住居は、明神下の元の台所町という事になっている。

 

 

Dscn1428

→写真は参道に有る店先のショーウインドゥ。

September 21, 2006

江戸・東京探訪:白山神社

Dscn1282_1 今日も仕事の帰りに神社へGO!(笑) この時期、各神社で例大祭をやっているから、ついつい足が向いてしまうのだ・・・。

Dscn1284  ・・・で、今日は、先日来例大祭にお邪魔した「芝大神宮」、「根津神社」と同様、東京十社の一つに数えられる「白山神社」に寄ってみた。白山神社でも例祭が行われていた。

東京十社

 ・根津神社(根津権現)
 ・芝大神宮(芝神明宮、飯倉神明宮)
 ・神田神社(神田明神)
 ・日枝神社(山王権現)
 ・亀戸天神社(東宰府、亀戸天満宮)
 ・白山神社
 ・品川神社

 ・富岡八幡宮(深川八幡)
 ・王子神社(王子権現)
 ・赤坂氷川神社

Dscn1299 白山神社は日本三名山の一つ、白山のすそ野にある総本宮から分霊されたもの。1000年以上前に本郷元町の地に創建された歴史の古い神社で、江戸城外壕拡張のために現小石川植物園に移奉、江戸中期より今の社地に遷座。特に五代将軍綱吉の信仰が厚い神社だったようだ。

Dscn1312_1  実は、昨日行った根津神社の帰りに、「金太郎飴」を製造販売しているお店を見付け、珍しいのでついつい買ってしまった。この手の千尋飴系の飴は歯にくっつくのを承知で食べて、案の定、奥歯の銀色の環が取れてしまったのだが・・・。

Dscn1295  今日行った白山神社は縁結びの神様であり、また何と歯痛止めの神様らしい。(笑) ご利益が有る事を期待しよう。(笑)

 ・・・とは言っても、縁結びのお守りなんぞ買おうものなら、何かと物議をかもしそうなので、残念ながら縁結びの方は断念。(泣) 歯痛のご利益の方を期待しよう。

Dscn1290 境内には孫文の碑が有った。

 孫文は、中国最後の王朝・清を倒し、中華民国を建てた1911年の辛亥革命の指導者だが、彼はその直前まで日本に亡命しており、1910年にこの石に座って日本人の友人と戦わせた議論が、革命のきっかけとなったそうである。

 

 

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